2011年08月14日

ニクソン・ショックから40年>揺らぐ基軸通貨ドル

毎日新聞 8月14日(日)11時31分配信

 ニクソン米大統領がドル防衛のため、ドルと金の交換停止を打ち出したニクソン・ショックから15日で丸40年を迎える。当時、ドルの価値を保証していた金との交換が停止されたことで、変動相場制の時代が幕を開けた。この後もドルは世界の基軸通貨の地位を何とか維持してきたが、08年のリーマン・ショックや新興国の急速な台頭で、世界経済地図が塗り替わりつつある。ドルの基軸通貨の地位が揺らぐ中、世界の金融市場の動揺も続く恐れがある。

 ◇新興国台頭、世界地図に変化

 第二次大戦後の世界経済は、世界で唯一金と交換できるドルと各国通貨が固定レートで結ばれるブレトンウッズ体制の下で安定的な成長を続けた。だが日独の輸出急増やベトナム戦争の長期化に伴い、米国は貿易赤字の拡大やインフレに直面。金保有高が激減し、ニクソン大統領が1971年に金とドル交換の一時停止を表明し1ドル=360円の固定為替相場制は崩壊。12月に308円で仕切り直しを図ったがドル売り圧力は強く、73年2月に円相場は再び変動相場制に追い込まれた。

 ドル安の流れを決定づけたのが、85年に日米欧の先進5カ国(G5)がドル売り協調介入に踏み切った「プラザ合意」だ。レーガン政権下で財政・経常の「双子の赤字」に苦しんだ米国は、ドル切り下げによる経済回復を志向したのだ。その後、円高は一貫して進行し、99年には欧州の単一通貨ユーロが誕生。さらに中国など新興国が台頭し、米国とドルの地位低下は続いた。

 現在でも、ドルは依然として世界の外貨準備の約6割を占め、「国際間の決済の中核という意味で基軸通貨の地位を占める」(財務省幹部)。だが、米同時多発テロへの対策やリーマン・ショック後の経済対策で、米国の財政赤字は膨張。最近はドル売りや景気失速懸念も加わり、米格付け会社は今月5日、初めて米国債を引き下げた。財政赤字の悪化でドル売りが止まらない構図は、ニクソン・ショックの当時と重なる。

 それでも、ユーロは、域内各国の財政不安で、投資家の信認が低下。また、経済成長が著しい中国の人民元も管理相場に置かれたままで、ドルの代役にほど遠い状況。当面「ドルに代わりうる通貨が存在しない」(内海孚元財務官)との見方は強い。

 ただ、「米国は自国の利益を優先させている」との新興国側の批判もくすぶる。景気下支えのため、10年11月に金融の量的緩和を行った結果、膨張したドル資金が新興国や商品市場に流入し、新興国の通貨高やインフレを招いたためだ。浜矩子同志社大教授は「基軸通貨国は、他国の繁栄も考え世界の経済運営をすべきだが、米国は自国利益優先でその役割を果たしていない」と指摘する。

 各国が米国に対抗して、自国通貨高を防ぐための介入や資本規制に踏み切る「通貨安競争」が再び起これば、貿易縮小と世界的な景気悪化の悪循環に陥りかねない。リーダーなき世界経済秩序とともに、ドルの先行きもまた見えづらい。

 ◇ニクソン・ショック◇

 1971年8月15日、ニクソン大統領がテレビ演説で発表したドル防衛策。金・ドルの交換の一時停止▽10%の輸入課徴金▽賃金と物価の90日間凍結▽連邦支出の削減−−など8項目からなり、失業やインフレ、国際的通貨投機克服が目標とされた。当時、ベトナム戦争の戦費で米国の財政赤字は拡大しており、ニクソン大統領は「経済的に強力になった以上、世界の自由を防衛する重荷の正当な分担を引き受ける時がきた」と日本などに応分の負担を求めた。これを受け、東京市場にはドル売りが殺到。日米欧は同年12月にドルを切り下げた新たな通貨交換レートを定めるなど固定相場維持を図ったが、ドル売りの激化のため、73年3月までに、相次いで変動相場に移行した。
posted by 宝島S at 19:32| 神奈川 ☁| ニュース(経済) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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